「甘い醤油」誕生のヒミツと、福岡県に受け継がれる醤油文化
福岡の食卓に欠かせない「甘口醤油」は、県外出身者や旅行者が驚くほどまろやかな甘みが特徴。県内には全国最多となる約90もの醤油蔵が集まり、“醤油王国”とも称されています。
刺身や煮物など福岡グルメの決め手となる独自の醤油の味わいや歴史、醤油文化を体験できるスポット、お土産におすすめの醤油商品などを紹介します。
エリアによって違います!主な醤油の種類
日本の醤油は、JAS規格(日本農林規格)によって主に5種類に分類されています。
色の薄い「白(しろ)」、色が淡く関西で愛される「淡口(うすくち)」、醤油出荷量の約8割を占める「濃口(こいくち)」、二度仕込む「再仕込(さいしこみ)」、中部地方で造られる濃厚な「溜(たまり)」です。
それでは、福岡でおなじみの「甘口醤油」はどこに分類されるのでしょうか?
実は、JAS規格に甘口というカテゴリーは存在していません。九州の「甘口醤油」は、「濃口醤油」に甘味料などを加えてブレンドした「混合醤油」が主流。地域に根ざした独自の味わいで、九州内でも南へ行くほど甘みが増す傾向があります。
福岡の醤油はなぜ甘いの?
福岡の醤油を特徴づける「甘み」の文化は、古来の伝統ではなく、実は戦後の混乱期に始まりました。まず、物資が不足する状況下で、全国的にアミノ酸液(甘味料)を使用する製法が一般的になります。これにより、短期間で安定した旨みを持つ醤油が各地で大量生産されました。さらに、戦時中の反動から人々が甘いものを強く求めるようになったことや、肉体労働者が疲労回復のために甘く濃い味を好んだことも、「甘口醤油」の需要を大きく後押ししました。
その後、1969年に加工食品の表示義務が定められると、全国的には添加物を使用しない本醸造(塩辛い醤油)へと回帰していきました。しかし、九州では「甘口醤油」がそのまま地域の味として深く受け入れられ、継続した発展を遂げたのです。
ここからは、その背景をさらに詳しくみていきましょう!
【背景1】シュガーロードから広がった砂糖食文化
シュガーロードとは、江戸時代に国内唯一の対外貿易窓口であった長崎の出島を通じて輸入された砂糖が、長崎街道を通って福岡(小倉)方面へ運ばれたルートの通称です。この街道沿いに位置する福岡県では、当時貴重品であった砂糖が比較的容易に入手できたため、甘い味付けが「富やもてなしの象徴」と見なされました。このように甘みを好む文化が地域に深く根付いていたことが、甘い醤油が定着した理由のひとつと考えられています。
【背景2】近代産業社会の発展を担った肉体労働者の存在
甘口嗜好が強くなった背景には、北九州エリアを中心とする炭鉱・製鉄所の肉体労働者の存在も大きいでしょう。疲労回復のため甘く濃い味を好む食習慣や、高価な甘い醤油を購入できる経済力に注目。当時、醤油を販売していた営業マンの記録にも、「どろっとした濃い醤油」が炭鉱地域で非常によく売れたという証言が残っているそうです。
【背景3】温暖な気候と食の嗜好
九州の温暖な気候も、甘い味付けを好む要因のひとつです。砂糖には体を冷やす効果が期待でき、また発汗で失われるカロリーを補給するために、砂糖を積極的に取り入れる習慣が浸透したと考えられます。
実際に、九州における1人当たりの砂糖使用量は、全国平均より10〜20%も多いというデータも。醤油だけでなく料理全般が甘めに発展したことを表しています。
福岡県にはなぜ醤油蔵が多く残っているの?
かつて日本各地には、その土地の風土と水に育まれた醤油蔵が数多く存在していました。それぞれの蔵が異なる製法と味を守り抜き、醤油蔵を中心に豊かな食文化が花開いていたのです。しかし明治時代に入り、物流が発達し全国へ物が運ばれるようになると、その多くは競争の波にのまれ、醤油蔵の数は徐々に減少していきました。
そんな時代の流れに逆行し、独自の食文化として甘い醤油を定着させたのが福岡です。当時、県内には約400もの醤油蔵がひしめき合っていました。他県の蔵が衰退していく中、福岡の職人たちは互いに潰し合う道を選ばず、力を合わせて組合を設立するという、画期的な一手を打ち出しました。
現在も福岡県内には約90の醤油蔵が点在しています。都道府県別の醤油出荷量でみると福岡県は11位ですが、実は醤油蔵の数では全国1位!国内にある醤油蔵の約10%が福岡県内に位置している計算になります。全国的には醤油といえば、キッコーマンやヤマサ醤油のある千葉県と、「淡口醤油」の発祥地で知られる兵庫県が二大生産地として有名ですが、福岡県も蔵の数では負けていません!
そこで、福岡の醤油蔵を支える「福岡県醤油醸造協同組合」の脇山元気さんと「福岡県醤油工業協同組合」の熊抱貴士さんに、県内に醤油蔵が多い理由と、それぞれの組合の役割を教えていただきました。
福岡の醤油製造の歴史は、役割が異なる2つの組合の協業によって支えられてきました。
その中心となるのが、1966年に設立された「福岡県醤油醸造協同組合」です。この組合が運営する工場では、醤油作りのベースとなる原液「生揚げ(きあげ)醤油」を一括して安定的に製造し、県内の多くの醤油蔵へ供給しています。そして「生揚げ醤油」を受け取った各蔵は、代々受け継がれてきた技術で火入れや風味付けを行い、個性豊かな最終商品を消費者に届けています。
脇山さん
醸造組合は、組合員が互いに支え合う、いわば“共同の醤油蔵”。最高品質の「生揚げ醤油」作りを組合に集約することで各蔵の設備投資を減らして、味づくりや販売に専念できる体制を整えています。これが、他県にはない醤油蔵の多さを福岡県に残した、大きな要因のひとつと言えるでしょう。
一方の「福岡県醤油工業協同組合」では、味と安全を守る取り組みを担います。昔は蔵によって品質にばらつきが出ないようにすることが目的でしたが、今では技術の向上や品質管理を通じて「福岡の味」を守る存在となっています。
熊抱さん
県内に多くの醤油蔵があるからこそ、品質を守っていくことは重要な課題です。組合では、毎月200〜250種類もの醤油を並べて検査を実施。徹底した品質チェックを行っています。
Column
全国醤油品評会の農林水産大臣賞を何度も受賞!
福岡の醤油は、全国醤油品評会において数多くの賞を受賞しています。品評会では、1次審査で「色」「香り」を、2次審査では「味」を加えて総合的な評価が行われます。
2025年度は、福岡県醤油醸造協同組合が農林水産省大臣官房長賞を受賞。宗像市のマルヨシ醤油株式会社とナカマル醤油醸造元、みやま市のマルヱ醤油株式会社が優秀賞に選ばれました。
醤油づくりはここから始まる!「生揚げ醤油」の製造現場をレポート
福岡で行われている醤油づくりの“心臓部”へ! 「福岡県醤油醸造協同組合」の共同工場では、醤油の味と香りの土台を形づくる初期プロセスを担当。その高度な技術に迫ります。
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厳選された原料
醤油の主な原料は、大豆、小麦、塩です。大豆(非遺伝子組み換え)はインドとアメリカから、小麦はカナダ 、塩は長崎県から調達。大豆は圧力釜で蒸し、小麦は焙煎・破砕された後、ベルトコンベアで次の工程へと運ばれます。
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麹づくりの技
深さ60cm、直径16.5mもの巨大な麹室(こうじむろ)に、33tもの原料を投入 。醤油の豊かな風味を生み出す麹菌を均一に付着させ、約3日間かけて醤油の味の決め手となる麹を大切に育てていきます。
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もろみ発酵のメカニズム
「もろみ」はできあがった麹を塩水と混ぜたもの。500mlペットボトル約24万本分に相当する巨大な発酵タンクへ投入します。昔ながらの「櫂入れ(混ぜることをいいます)」の代わりに、タンク下部からの空気注入によって「もろみ」を効率的に撹拌(かくはん) 。温度は自動制御され、微生物が活発に動けるようサポートしています。
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搾り出す黄金の一滴
酵母が生きている状態の搾りたてを「生揚げ醤油」と呼びます。この新鮮な醤油の原液は、タンクローリーで福岡県内の醤油蔵へ大切に運ばれます。
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各地の醤油蔵へ出荷
酵母が生きている状態の搾りたてを「生揚げ醤油」と呼びます。この新鮮な醤油の原液は、タンクローリーで福岡県内の醤油蔵へ大切に運ばれます。
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味わいを決める火入れ
醤油づくりの最終工程である「火入れ(加熱)」は、醤油蔵で行われます 。このステップを経て、殺菌だけでなく、蔵ごとの歴史や秘伝の技が反映された個性豊かな醤油が生まれるのです 。
Column
地球に優しい!サステナブルな取り組み
福岡の醤油づくりでは、SDGs(持続可能な開発目標)を昔から実践しています 。「もろみ」を搾った後に残る「もろみ粕」は、実は栄養分が豊富!廃棄されることなく、九州内で酪農業の飼料として再利用されています。資源を大切にする「もったいない」精神もまた、おいしさを支える重要なポイントです。
福岡の食文化と「甘口醤油」の結びつき
福岡の甘い醤油は、地元の食文化に深く根付いており、郷土料理を語るうえで欠かせない存在です。その特徴が最も顕著に現れるのが、刺身の食べ方でしょう。
福岡近郊の海で獲れる魚は、ブリやサバ、イカなど、鮮度が重視される白身魚がメイン。新鮮でコリコリとした食感が好まれますが、関東で人気のマグロなどに比べると熟成させない分、旨み成分が少ない傾向にあります。そこで、甘みとコクが強い福岡の醤油が、魚の旨みを補う重要な役割を果たすのです。
さらに、刺身には専用の「刺身醤油」を用いるのが一般的。卓上醤油より濃厚な再仕込み(二段仕込み)の醤油を、たっぷりべったりと付けて刺身をいただくのが福岡スタイルです。
また、郷土料理の筑前煮(がめ煮)やかしわ飯(鶏めし)では、九州の甘い醤油が料理と見事にマッチ!砂糖やみりんをほとんど加えなくても、「甘口醤油」だけで味が決まるほどです。
福岡名物・もつ鍋にも注目を。醤油味のスープには「甘口醤油」を使うことが多く、醤油自体の甘みが、もつ鍋特有のまろやかな旨みとコクを生み出す鍵となっています。
Column
お土産におすすめの醤油を教えて!
醤油醸造協同組合の脇山さんにおすすめの醤油を聞いてみました。
「好みもあるので難しいですが、観光で訪れた土地のスーパーやお土産売り場を覗いてみると、その地域に根差した醤油が見つかりますよ」とアドバイスをいただきました。
取材後に「JA筑紫 ゆめ畑 太宰府店」に立ち寄ってみると、「ゑびす醤油」がずらり!こんな醤油との出会いも、福岡ならではです。
【体験プラン①】 蔵見学や醤油づくりを体験しよう
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ジョーキュウ醤油
もっと見る福岡市の中心街・天神のすぐ近く、大名エリアにある老舗の醤油蔵。1855年の創業で、蔵や煙突など所有する建造物10件が国の登録有形文化財に指定され、江戸時代の城下町の面影を今に伝えます。建物の見学や展示資料を通して、170年受け継がれる伝統製法や博多の食文化に触れられるのが魅力。また館内では、木桶仕込みの再仕込醤油をはじめ、ぽん酢やあごだしなどの調味料が購入できます。
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ナカマル醤油醸造元
もっと見る1850年創業、宗像市で代々受け継がれてきた老舗の醤油蔵。九州らしいまろやかで甘みのある醤油をはじめ、「パンかけ醤油」や「イカ墨醤油」など、個性豊かな約40種類の商品を展開しています。併設の資料館では、明治〜昭和期に使用されていた醸造道具や生活用品を展示。事前予約制の体験プランでは、店主が蔵の歴史や商品開発秘話を、ユーモアたっぷりに語ってくれます。
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北伊醤油
もっと見る糸島市の醤油蔵。国内でもわずか1%しか残っていない天然醸造の木桶仕込みを守り続けています。丸大豆・小麦・塩のみを使い、2年半以上熟成させた醤油は、深い旨みと芳醇な香りが特徴。予約制の工場見学では、ガイド付きで仕込み桶や発酵中のもろみを間近に見たり、熟成年数の違いを比べる「利き醤油体験」ができます。店舗では、醤油や味噌、ぽん酢、しょうゆプリンなどを販売しています。
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金芳醤油醸造元
もっと見る飯塚市の山里にあり、九州産の大豆・小麦と天日塩を木桶でじっくり発酵熟成させる天然醸造を復活させた、数少ない醤油蔵です。予約制で仕込み体験やワークショップ、秋には蔵開きイベントも開催。体験スケジュールや最新情報はSNSで随時発信されています。店舗を訪れたら、定番「むらさき」や甘口の「かんろ」、無ろ過の生醤油「暁月」、柑橘を使った「橘果」など個性豊かな商品をぜひ手に取ってみて。
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浦野醤油醸造元
もっと見る江戸末期に創業し、約200年の歴史を誇る豊前市の醤油蔵。国の登録有形文化財に指定された白壁の蔵で、醤油・味噌・甘酒が造られています。体験プランが充実しているのも特徴!塩麹づくりや味噌・味噌玉づくりなどを定期的に開催しています。直売所では、看板商品「にじいろ甘酒」や味噌、発酵調味料を販売。発酵スイーツやランチ、麹蔵のパフェなどを味わえるカフェが併設されています。
Column
世界へ広がる福岡の味!「うまくちしょうゆ」の本家・ニビシ醤油
県内の大手スーパーなどで必ず目にするのが「ニビシ」のロゴ。古賀市に本社を構えるニビシ醤油は、甘みと旨みを活かした「うまくちしょうゆ」を生みだした代表的なメーカーです。料亭の味を手軽に楽しめる「白だし」や、糸島産だいだい果汁を使った「かけぽん酢」、飛魚だしを使った調味料など、地域の食材を取り入れた商品も豊富。近年は海外輸出にも力を入れ、福岡の味を世界へと届けています。
もっと見る【体験プラン②】醤油テイスティングに挑戦しよう
訪れたのは、福岡市にある醤油ティスティングバー「福萬醤油」。福岡・九州産を中心に、約250種におよぶ醤油の味見を体験することができます。
もともとオリーブオイルのビジネスをしていた店主の大浜大地さん。スペインの取引先から「日本らしいものを持ってきて!」と言われたことをきっかけに、醤油に着目したのだそう。偶然にも、事務所ビルの大家さんがかつて醤油蔵だったという歴史背景を知り、屋号を継承、復刻して現在に至ります。
大浜さん
醤油の魅力は何といっても香り。ワインや日本酒と同じ醸造過程から生まれる香りは複雑で、その香り成分は300種類を超えています。さままざな香りを持つ醤油はどの食材にも合う。自分好みの香りの醤油を見つけてください。
まず最初に、2つの醤油の香りをワイングラスで比べてみます。九州・福岡の醤油は、角が少ない柔らかな香り。関東の醤油は、キリっとシャープな香りを感じます。普段、調味料として何気なく使っている醤油ですが、香りに集中すると、その大きな違いに驚かされます。
続いて、福岡では馴染みのある甘口のさしみ醤油と、鹿児島のさらに甘いさしみ醤油をテイスティング。鹿児島の醤油は特に甘いです。福岡のさしみ醤油は、さらりとした甘みと旨みが調和しています。口当たりは滑らかで、後味は比較的すっきり。一方、鹿児島のさしみ醤油は、甘みが圧倒的な存在感を放ち、その強い甘さが舌全体にねっとりと絡みつくような印象です。粘度が高く、塩味よりも甘みが前面に押し出された味わいでした。
大浜さん
無添加の醤油は塩味が強いので、お刺身に合わせる場合は上品に少量を使います。九州のさしみ醤油は、甘味をブレンドするため塩分が低いので、ベタっと刺身につけて召し上がってください。
Column
お土産におすすめの醤油を教えて!
福萬醤油では、減塩醤油や持ち運びにおすすめのスプレー醤油、食塩無添加のペット用醤油など、多様なニーズに応える商品をプロデュース。ヨーグルトにかけるスイーツ醤油など珍しい醤油も多いので、お土産探しにぴったりです。
体験プラン 施設MAP
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まとめ
福岡県に受け継がれてきた「甘い醤油」に関する記事はいかがでしたか。歴史的背景を特徴を学んだ後は、蔵見学やテイスティングなどの体験を通じて、さらに醤油の奥深さに触れてみてください。
※掲載されている情報は2025年12月時点のものです。お出かけ前にはWebサイトや電話で最新情報をご確認ください。