炭鉱の記憶と柳川の恵み、城下町の古社へ──筑後を味わう三景巡り-1

炭鉱の記憶と柳川の恵み、城下町の古社へ──筑後を味わう三景巡り

筑後には、時代をこえて語りかけてくる風景や文化が今も静かに息づいています。かつて日本の近代化を支えた産業遺産に触れ、地域の風土に育まれた滋味を味わい、土地の人々の祈りに心を澄ます。そんな一日をご紹介します。
まず訪れたいのは、炭鉱の歴史を今に伝える「三池炭鉱 宮原坑」。日本の経済を大きく動かした時代を、教科書ではなく“実感”として感じることができる場所です。川下りのまち・柳川では、創業200年、行列の絶えない「うなぎの原田」へ。代々受け継がれてきた技が光るせいろ蒸しは、旅のメインイベント。締めくくりは、城下町の守り神として親しまれてきた「三柱神社」をお参りしましょう。筑後のさまざまな景色を感じられる一日をお届けします。


三池炭鉱 宮原坑|近代日本を支えた、炭鉱の記憶にふれる

明治期、急速に進む近代国家建設のなかで石炭は欠かせないエネルギー資源でした。大牟田駅から車で約10分、住宅街の中に残る「三池炭鉱・宮原坑」は、日本の近代化を支えた石炭産業の記憶を今に伝えています。宮原坑には2つの竪坑があり、現存する第1竪坑施設は、明治31(1898)年に着工し3年後の明治34(1901)年に完成、昭和6(1931)年まで出炭していました。2015年には世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として登録された貴重な産業遺産です。


現在は無料で見学することができ、ガイドさんの解説を聞きながら、当時の技術と歴史を学べます。宮原坑は、揚炭・入気・排水・人員昇降の役割を担う主力坑として年間40~50万トンの石炭を採掘するとともに、採掘の際に出る大量の湧水を汲み上げる役割も担っていました。イギリス製のデビーポンプという非常に高価な排水ポンプが導入され、当時の最先端の技術が集約された場所でもあります。


当時は、昼夜を問わず稼働していたそうです。イギリス積みのレンガの壁や人や機械を坑内に送り込むための大きな巻揚機などの遺構が静かに佇み、当時の熱気が伝わってきます。


ガイドさんの軽快でわかりやすい解説を聞くことで、炭鉱の歴史やその背景を知ることができ、ぐっと理解が深まります。ガイドさんの中には、実際に大牟田の炭鉱や関連会社で働いていた元炭鉱マンもいらっしゃるのだとか。現場を知る人の言葉には重みがあり、日本の経済を大きく動かした時代を、実感をもって理解することができます。


■三池炭鉱 宮原坑
住所:福岡県大牟田市宮原町1-86-3
開館時間:9:30〜17:00
休み:毎週月曜(祝日の場合は翌平日)
電話番号:0944-41-2750(大牟田市観光おもてなし課)
 


うなぎの原田|二百年の技を味わう、柳川のせいろ蒸し

水郷の町・柳川で川下りをして「鰻のせいろ蒸し」を食べる。今ではすっかり定番のコースとなりました。柳川の鰻料理は江戸時代まで遡るほど歴史が長く、創業100年を超える老舗も数多くあります。
柳川の地で200年余り暖簾(のれん)を守り続けている 「うなぎの原田」は、市街地から少し離れた柳川最南端の鰻料理店。平日でも行列の絶えない人気店です。もともとは鰻の持ち帰り専門店として長く評判を集め、食卓や祝いの席を支えてきました。その後、先代が店舗を構え、焼き立ての味を楽しめるようになり、現在は5代目の原田将士さんがその味と心を受け継いでいます。
 


原田の鰻を語るうえで欠かせないのが、代々受け継がれてきた焼きの技。鰻の旨みを閉じ込める焼き方は祖父から父へ、父から息子へと伝えられてきた伝統の技術であり「これぞ原田」と長く支持され続けている所以でもあります。蒸しを重ねることで、肉厚でジューシー、ふっくらとした「せいろ蒸し」となり、ほどよい弾力と鰻らしい力強さが印象に残ります。ご飯にもしっかりと鰻の旨味と秘伝のタレが染みこみ、最後の一粒までおいしい!


「せいろ蒸し」にあわせて人気なのが「うざく」。酢の物の印象が強いですが、原田の「うざく」はサラダ感覚。シェアができる「大皿うざく」もあり、ほとんどの客が注文する名物です。


どっしりと重厚感のあるせいろの箱は、船大工さんに特注をしたもの。水郷・柳川らしい発想から生まれたせいろは、手入れと修理を重ねながら長年使い続けられています。


女性には、「せいろ蒸し」のご飯を酵素玄米に変更することができる「レディースセット」が人気です(酵素玄米は1日限定10食)。「食を通して健康と安心をお客様へ」という店の思いが込められています。
代々受け継がれてきた味と技術を大切にしながら、柳川の文化を伝え続けている一軒です。


■うなぎの原田
住所:福岡県柳川市大和町中島451-1
営業時間:月曜=11:00〜(LO14:00)/水〜日曜=11:00〜(LO14:30)、16:30〜(LO19:00)※ランチは予約不可
休み:火曜
電話番号:0944-76-4229


三柱神社|堀割に抱かれ、柳川の時を刻む三柱神社

「川下り」で知られる柳川に鎮座する三柱神社は、地域の人々に長く親しまれてきた神社です。江戸時代(文政9年)に創建され、初代柳川藩主と立花家にゆかりのある三柱を祀っていることが社名の由来となっています。


御祭神は、戦国から安土桃山時代にかけて活躍した名将、立花宗茂公。「西国一の武将」と称されるほどの武勇を誇りながら、人望も厚く、領民を大切にした人物として知られる今なお人気の名君です。
また、関ヶ原の戦いで西軍についたことにより一度は領地を奪われたものの、その後に功績が認められ、元の領地を取り戻すことが出来た唯一の大名であり「復活の神様」として必勝・成就・復活の御利益があることから、参拝に訪れる人が多いのだそうです。

 


あわせて祀られているのが、宗茂の岳父であり九州屈指の猛将と名高い戸次道雪公(べっきどうせつ)。雷神を斬り捨てたという伝説で有名です。この逸話に登場する刀は「雷切丸(らいきりまる)」と改名され、道雪は半身不随になった後も「雷神の化身」と呼ばれ、駕籠に乗って戦場を駆け抜け、37戦37勝を誇りました。その強さから厄除けや病気平癒の神様としても信仰を集めています。
そして三柱目は、女性でありながら城主を務めた稀有な存在、宗茂公の妻・誾千代姫(ぎんちよ)。知性と気品、芯の強さを併せ持つ人物として語り継がれ、家内安全や良縁、女性の守り神として親しまれています。


水郷・柳川らしく堀割に囲まれ、四季折々の自然が心を和ませてくれます。観光で賑わう町なかにありながら境内には清々しい空気が流れ、散歩の途中で静かに手を合わせる人の姿も多く見られます。柳川に暮らす人にとって大切な場所だとうかがうことができます。

 


近年は、立花家ゆかりの意匠や季節を取り入れた季節限定御朱印や切り絵の御朱印が話題を集め、参拝の記念として手に取る人も増えているとのこと。繊細な切り絵に思わず見入ってしまいます。


お宮参りや七五三、結婚式、初詣といった人生や一年の節目はもちろん、日々の暮らしの中にも自然と溶け込んでいる三柱神社。町の歴史とともに歩んできたこの神社は、柳川の人々にとって身近で心安らぐ存在として今も変わらず、静かな佇まいで訪れる人々をやさしく迎え入れています。

■三柱神社
住所:福岡県柳川市三橋町高畑323−1
お札、お守りの授与:9:00〜17:00
電話番号:0944-72-3883
アクセス:西鉄天神大牟田線「西鉄柳川駅」から徒歩約5分


筑後には、時代を越えて受け継がれてきた営みが、今も日常の中に息づいています。歩くほどに、この土地の奥行きと豊かさが静かに伝わってくるスポットでした。旅の途中で立ち止まり、過去と現在が重なり合う風景に身を委ねてみてはいかがでしょうか。

※掲載されている情報は2026年2月時点のものです。お出かけ前にはWebサイトや電話で最新情報をご確認ください。


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